北欧ダダイスト

スウェーデン留学ログ

ドイツ極貧ひとり旅 3日目、所持金がほぼ消える

3日目、10時に起きる

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1泊1000円のホステル

 

本格的な観光はこの日と次の日の2日間、しかも全部徒歩でまわりたい主義なので、早速一つ目の目的地へ出発

ちなみに朝ご飯はハリボー(笑

一つ目は運よくホテルから近い場所で10分も歩かずに到着

 

目的地1 テロのトポグラフィー

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ここはナチスの歴史博物館で、ここでいう「テロ」とはナチス政権を指している

なんとこの展示館のある場所は、ナチスゲシュタポ(秘密国家警察)、SS(親衛隊)の本部が置かれてたところ

それゆえに展示物が生々しく感じられる

 

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ヒトラーを知らないおじさん

見づらいけど、1人だけヒトラーへの敬礼を拒んでいる人が、、、、 はだしのゲンでもお父さんが同じような事してたな

 

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悲惨な画です。外部との接触、ナチスへの反対派は皆こういう辱めを受けていたそう

 

同じ過ちは絶対犯してはいけないという事を伝えるために、博物館への入場料はゼロ

博物館の端の壁に、1945って刻まれていたのが印象深かった。人類が文明を作り始めて始まった、短いようで長い世界史も、幾つかの大きな節目とぶつかってきて、1945年はそのうちの一つだと思う。

 

博物館には意外とドイツ人が多かったかな、という感じ

外国人ばかりかと思ってたけど、やはり当事者意識が一番高いのはもちろんその国民だよな

 

途中で腹がゆるくなってトイレに駆け込むも、この博物館は最初に訪れてよかったなと思う

 

 

博物館を後にして外に出ると、あれもしかして、と思うものが

最初は博物館の正面にあるから仕切りか何かだろうって思ってたけど、近づくとやはり

 

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ベルリンの壁でした

ベルリンの壁がどこにあるかなんて調べないで観光し始めたから、まさに唐突の出会い

ずっしりと重い、負の遺産

目の前で対面すると、この壁が東ベルリンを全て囲んでた事はにわかに信じられなくなる。そんで、そうか本当なんだ、まじで30年弱、この壁があったんだな、って実感がわいてくると今度は想像を絶する絶望感が押し寄せる

3mの壁なんてユルくない?なんて昔は思ってたけど、実際この壁に加えてレーザーやらスペア壁やらセキュリティーは厳重だったし、何より囲まれているっていう心理的な抑圧感がひどかったと思う

 

ちなみに壁があった場所にはほぼ全て、壁があったことを証明する彫刻とレンガ線が引かれてる。この後もベルリン市内相当歩いたけど、不意に、あ、ここに壁あったんやっていう瞬間が多々あった。

 

壁を後にして、次に向かうのはドイツの象徴ともいえる建造物

 

歩くこと約10分、着きました

 

目的地2 ブランデンブルク門

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この門を見たときにまず思ったことは、お前は全部見てきたんだな~という尊敬の念

 

時代で言えばフランス革命の少し前から存在していた門、ナポレオンに占領された悲しい歴史もあるそう

人間の寿命は100年て考えると、歴史を見届けることはできないんだなって思う

ブランデンブルク門はそんな儚い人間の代わりとして歴史を見守り続けているんだな、なんて感じた。

 

まさしくベルリンの正門

敬礼

 

近くで馬車が走ってて、ああベルリンに来たんだなって実感した

 

この後は決まりきったコースも決めてなくて、とりあえずブランデンブルク門の大通りを突き進む

しばらく歩いていると、アンペルマン博物館を発見

 

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東ベルリン限定アンペルマン信号機。600万円とかで売ってた。笑

 

このアンペルマン信号機、以外にも旧ソ連統治時代のなごり

1990年に東西ドイツが統合されたとき、このアンペルマンだけは可愛いから残して!という声が多く、今にイタル

 

ベルリンの壁と似ていて、基本的にアンペルマンが見られるのは東ベルリンだけで、信号のデザインがある種、旧統治領の境目のサインになってる

 

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3ヵ月ぶりのご対面

 

アンペルマングッズが満載でした。他にも世界各国の信号機が展示してあったり、なかなか興味深かった

 

そんでまた大通りをひたすら歩く

 

15分くらい歩くと中州?にたどり着いて、また不意に荘厳な建物が現れる

 

目的地3 ベルリン大聖堂

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写真だとわかりにくいんだけど、建物のドーム部分は淡い緑色で、その下層部が黒くなってる

黒くなった理由はわからんけど、この色のコントラストに感動した。もう本当に荘厳って感じ(ボキャ貧

 

エントランス部分の天井にも、(おそらく)聖書の物語が描かれてた。この宗教色の強さは好きやな~

 

この地図あんま調べずにとりあえず歩く方式、いいかも

 

 

そしてまたひたすら歩く。この時点で結構筋肉痛

 

人が多くなってきた。ドイツ在住の友達におすすめされた、中心街AlexsanderPlatz駅前に突入した(らしい)

ここのショッピングモールでトイレ借りたんだけど、チップ制なのかどうかわからず清掃員の方に会釈して去る

 

ここで見られるのは東ベルリンの象徴、テレビ塔と世界時計

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スクリーンなしのカメラにしてはうまく撮れた。笑

 

東京タワーより高く(368m)スカイツリーよりは低い

 

この中心街はパフォーマーの多さが目立った。バケツとその他リサイクル品だけでセッション、杖一本で空中が歩ける人(自称)、マイケルジャクソン等々

 

この時点で3,4時間近く歩いたけど、さらに東へ進んでいく。というのも今日の終着点はベルリンの壁をアートにしたイーストサイドギャラリーだから。

 

途中道に迷いながらも、ここからさらに1時間弱歩く。若いからできる業やほんとに。笑

 

 

イーストサイドギャラリーらしきものが見えたと思ったらゲットー街らしき場所に迷い込んだりしながら

 

ついに到着。。

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1.3km、負を正へ

 

現存するベルリンの壁では最長、それでもじっくり見ていった。

個人的に好きだった作品を何枚か

 

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このキャラクターもベルリンのシンボル

 

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裏側

 

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「日本地区への迂回路」

 

そして最も有名なあの作品も

 

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旧東ドイツのホーネッカーと旧ソ連のブレジネフ

アツいキスですね

 

ここでのアート鑑賞は、ある程度冷戦時代のバックグラウンドを理解してからだとより面白いはず

 

1.3kmもここで終わりか、とそこにちょっとした人だかりを発見

 

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ここでの一瞬の出来事が残り3日間を苦しめる

 

やっていたのはギャンブルで、3つの箱を素早く動かして、ボールが入っているのはどれか、っていういたって簡単なルール。

 

見ていた感じ、カモやん。いやカモやん。っていうくらいのヌルゲー

みんなのゲームを見ていると、おじさんがお前もやってみろよと誘ってくる

 

よしやろうと意気込んで、金額ルールもわからないまま参加

50ユーロを懸け、動体視力をフル稼働させる

ここだ、と箱をあける

 

ボールない

 

「はい残念~」と言われ、ゲームは続行

あれ、50ユーロって何円?あ6000円?

今回持ってきたユーロは、えー70ユーロ、うち18ユーロはホステル代

 

オワタ

 

 

 

っていう秒の流れ。笑

この時に、今後ギャンブルとFXには手を出さないと固く決意

 

50ユーロも懸けてたんだ。。。って後で気づくアホさ。。。。

 

高い授業料だった。がしょうがない。。

 

 

初めての敗北に復路の1.3kmアートは全く目に入らず、ホステルまでの1時間半の道のりもひたすらモーレツに反省

 

帰宅、今日も同じホステル

同じホステルでも予約は別々にしたため部屋移動させられる

今回は10人部屋のわりにスカスカで静か

 

そんでポーランド人登場

三十路で法廷の検察官補佐、そのため知識量は莫大

日本に来た事もあるらしく、やはり関西。飯がうまいと。

色々自分の過去とか、将来の予定とか話してたんだけど途中、急に

 

「日本のエロサイトはなんであんな巨大ビジネスになっているんだ?」

 

と聞いてきた。彼はポーランドのエロサイトに落胆し、いろいろ探し回っているうちに大御所の日本にたどり着いて、そのコンテンツの豊富さに驚いたらしい。

 

なんであそこまで日本はAV大国になったのか、その時は日本の内向的な国民性が影響いてるんじゃないかなーなんて返事をした。出生率の低下はエロサイトの影響なのかな、て議論では、ポーランドでも出生率低下は問題だから関係ないという結論に

 

不毛な議論に見えるかもしれないけど、これが検察官補佐の視点か。。。て思って割と真剣に議論してた。

他にも前日のジョージアと同じく、共産主義に翻弄されて生活が貧しかった過去について話してくれた。なんとなく彼から薄暗い印象を受けたのはその過去の影響なのか、、

 

1時間以上は話してて、新しく2人入ってくる

スロヴァキア出身のえぐい美人、スラブの血は強い

もうパリピ全開なんだけど、すごくいい人たちで、1年間スウェーデンで暮らしてることを教えたら、じゃあ泊めてあげるからスロバキアおいでよー!っていうノリ

 

入った時からすでにウォッカは半分飲み干した状態だけど、流石顔色は一切変わらず

これからクラブに行ってくるね~といいつつもその後廊下で出会い、ウォッカ飲もうよと

結構キツかったけどひさびさの快感。あれをボトルで直飲みしてるんだからな。。。。計り知れないトレンス

 

厳しい余韻とアルコールを感じながら、3日目が終了。。。

 

てかまじで金ないよ。。。。

 

Sota